情報公共論
情報公共論の授業内容
1. 基本的視点 --- 「情報」に関する公共経営学
2.公共セクターそれ自体の情報化
3.情報公共論のためのコンピュータ関連知識
4.情報公共論が対象とする公共財
--- 公共財に属する「情報」財、IT革命時代を支え推進する公共財、公共財のIT化----
(1)公共的情報財の構成諸要素
(2)公共的情報財のマネジメント創造(生成)・維持・管理
a.公共セクターに属する組織の「活動(業務)」それ自体の情報化、および、情報化に対応した組織「構造」の再編成
- 電子行政システム(電子政府(electronic goverment) 、電子自治体など)に対応した業務内容の改善、および、組織再編・・・ワンストップ行政サービス
- NPOにおけるネットを利用=活用した活動(活動の宣伝、寄付の受付システム、ネット利用によるテレビ電話機能を活用した双方向コミュニケーション)
b.公共セクターにおけるOSS
- 長崎県における電子自治体システムのオープンソース化
長崎県は県が開発した「電子県庁システム」の一部をGPL(GNU General Public License)に準じてオープンソースとして公開している。「長崎県電子県庁システム オープンソース」http://osvfn.com/で公開されているOSSの情報を入手することができる。
公開の主な目的は、「財政面、人材面で苦しむ市町村のフォロー」である。副次的な目的としては、「地場IT企業の振興」がある。
長崎県は、「電子県庁システム」の開発に際して専門家の助けを借りながら職員主導でシステムの詳細設計を自前でおこなって経費節減を図るとともに、詳細設計を基にテスト仕様書を作成して、プログラミング工程とテスト工程を、発注金額500万円以下に分割して発注し地元ベンダーの育成を図った。
- オープンソースソフトウェア(OSS)で構成された電子自治体共通基盤システム「戦略研フレームワーク」
三井物産戦略研究所ITフロント推進センター(2007)「オープンソースソフトウェアによる電子自治体共通基盤システムの構築で4社合意ITフロント推進センター」2007年8月6日
http://mitsui.mgssi.com/issues/topics/t0708i.php
三井物産戦略研究所、野村総合研究所、電通国際情報サービス、株式会社フライトシステムコンサルティングの4社が、オープンソースソフトウェア(OSS)で構成された電子自治体共通基盤システム「戦略研フレームワーク」を共同展開する事で合意
c.公共セクターに属する「情報」財の創造(生成)・維持・管理
公共的情報システムそのものを 、ハードウェア、プログラムやデジタル・コンテンツ(デジタル化された情報)などのソフトウェアなどを対象にそれらをどのように生成し、維持・発展させるのか?
- パソコン関連トラブルへの対応支援組織
自動車産業におけるJAFに相当するものが必要、パソコンやネットのトラブルへの組織的対応
ボランティア活動としての情報支援NPO・・・パソコン設定、ネット設定etc
パソコンやネットワークが社会的インフラとなる中で、デジタルデバイド問題を解決するために必要性は高い
- ネットワークサーバー支援
- コンテンツ
(3)公共的情報財 ---- 公共的コンテンツ+公共的プログラム
公共的情報財は、公共インフラ、社会インフラ、ビジネスインフラとしての役割を強めつつある。
コンテンツ系公共的情報財を無料コンテンツとして利用したビジネスとしては、青空文庫のデジタルデータを携帯電話や電子ブックで読むなどの例がある。
公共的情報財は、下記のようにコンテンツ系とプログラム系に2分することができる。
a.プログラム系公共的情報財
b.コンテンツ系公共的情報財
5.「模倣から創造へ」From Copy to Creation
a.創造の前段階としての「模倣」の必要性
b.「創作」における先行作品の利用
c.creatorの再生産におけるcopyの意義 --- 「学び」における「まねる」ことの意義、優れた先行作品の「書き写し」「模写」「模造」の意義
d.行為目的によって区別すべき2種類のcopy概念
1)新たなCreationを含む公共的行為におけるcopyや、Educationなど公共的目的のための行為におけるcopy
模写、模造、翻案、パロディ、引用、写経、写生などという形態におけるcopy。この種のcopyのcreativityには、上記で論じたように多様な現象形態がある。なおこの種のcopy概念に関しては既に述べたようにさらに2種類にわけることができる。
- 創作の担い手の再生産を目的とするcopy
模写・模造といった原作の忠実なcopyプロセスにおけるcreativity --- 原作の創作プロセスを自ら創造的に「再現」することによって、creatorをcreateすること
- 新たな創作のための素材としてのcopy
手塚治虫の『鉄腕アトム』シリーズの中の「地上最大のロボット」を原作として、浦沢直樹がアレンジを加えた『PLUTO』のような作品におけるcreativity
Creatorの創作過程や創作手法の学習のために、著作物を自分の手で丸写しする模写や模造は法的にも公共目的的にも許されている。
創造、学習、教育(Creation行為そのもの、Creatorになるための学習、Creatorを育てるための教育)といった行為の遂行に必要とされる要素としてのcopy
From copy to creationにおけるcopy --- 創造的行為や公共的行為のためのcopy、創造的行為を含むものとしてのcopy。次世代のCreatorを「創造」するプロセスという意味で学習や授業も「創造」的行為であるから、そのプロセスにおけるcopyもcreationのためのcopyである。
先行のcreatorに対する敬意respectを表すための原著作者の明示が必要である。
「100%すべてがoriginalであるようなcreationはない」のであり、新しい著作物=作品の中には先行のcreatorによる著作物=作品の何らかの形態におけるcopyが一定程度含まれている。こうした意味でのcopyは著作権による法的な制限や保護の対象外とすべきである。
新しい著作物=作品の中に、それまでにないオリジナルな部分をまったく含んでいない場合には、creationとは認められない。
fair useまたはfair dealingであれば、著作権者に対して無断でのcopyも許される。ただし Businessなど私的利益追求のための行為におけるcopyの場合と同じく、引用であることの明記が必要であり、他に原著作者がいることを隠匿するような行為は許されない。
2)Businessなど私的利益追求のための行為におけるcopy
Businessなど私的利益追求のための行為における「複製、丸写し、コピー機によるコピー[複写]」といった形態でのcopyは、著作権者の許諾を得ない限り許されない。
著作権者の許諾を得ずにBusinessなど私的利益追求のために無断でおこなわれるcopyは、「パクリ、カンニング、贋作、剽窃、盗用、無断流用」などという形態におけるcopyとして法的には許されない。
「100%すべてがcopyであるようなcreationはありえない」ことから、創造的行為であれば新しい著作物=作品の中には先行のcreatorによる著作物=作品のcopyではないoriginalな要素がある程度以上含まれていなければならない。
ただし公共的行為や公共的目的のための行為の場合とは異なり、Businessなど私的利益追求のための行為においては、それまでにないオリジナルな部分を含んだ新しい著作物=作品のcreationであったとしても、copyの対象として用いた著作物=作品の著作権者に対して許諾を求める必要がある。
e.「共通の元ネタがある場合に不可避的に生じる類似性はどこまで許されるのか?」に関するBusinessの視点およびCreationの視点からの考察
同じように共通の「元ネタ」がある例としては、AppleのMac OSのGUIとMicrosoftのWindows OSのGUIがある。両者のGUIの共通の「元ネタ」はXeroxのAlto(1973)に搭載されていたSmalltalkのGUIである。Altoではビットマップ形式でのWhat-You-See-Is-What-You-Get (WYSIWYG)のカット&ペーストが可能なエディターが1974年に、アイコンおよびポップ・アップ・メニューを含んだGUIが1975年には動作していた。
Appleは、MicrosoftのWindows OSのGUIが自社のMac OSのGUIと高い類似性もっていることから、MicrosoftがAppleの著作権を侵害するものとして1988年3月17日に裁判所に訴えた。この裁判では、AppleがMicrosoftに対して1985年に与えたライセンス契約、および、Mac OSのGUIが「100%すべてAppleの独創である」わけではなくXeroxのAlto(1973)に搭載されていたGUIに多くのものを負っていることなどから、約4年間の裁判は1993年4月24日にAppleの敗訴という結果で終わった。
ソーテック製「e-one」の問題
6.情報公共論に関係するキーワード
(1)公共的情報インフラ
- 高度道路交通システム(ITS)
- ギガビットネットワーク
(2)プロプライエタリ(proprietary)
(3)オープンソースソフトウェア(Open Source Software)
a.ソースコード公開の意味
b.ソースコードが非公開であることの問題点
c.営利企業にとってのソースコード非公開の意味
(4)フリーソフトウェア(Free Software、software libre、libre software)
ソフトウェアの自由を守るという理念に基づく運動が、フリーソフトウェア運動である。ここでちゅういしなければならないのは、ソフトウェアの自由という意味には、ソフトウェアの「ユーザーにとっての自由」と「開発者にとっての自由」という2種類の自由がある、ということである。
ソフトウェアのユーザー視点から見れば、マイクロソフトのブラウザーInternet Explorerは「無料で自由に利用できる」という意味においてフリーソフトウェアとの違いは不明確である。しかしソフトウェアの開発者視点からみれば、マイクロソフトのブラウザーInternet Explorerもproprietary softwareとしてそのソースコードは非公開であり「自由には利用できない」という意味においてフリーソフトウェアとの違いは明確である。
[参考記事]
坂村健(2003)「オープンとフリーは同義にあらず ――『フリーソフトウェアと自由な社会―Richard M.Stallmanエッセイ集』」
坂村健によるStallman, Richard M.(長尾高弘訳,2003)『オープンとフリーは同義にあらず』アスキーの書評である。本書評において坂村健は、ストールマンの「言っていることは過激であるが,主旨にはおおむね賛成.だが,私有ソフトウェアをまったく認めないという主張にはちょっとついていけない」と主張し、「ソフトウェアはできるだけオープンであるべきだが,必ずしもストールマンの言うフリー・ソフトウェアになるべきだとは思わない.企業を積極的にオープンなソフトウェアに参加させるためには,もっと制約の緩いしくみが必要だ.」と述べている。
松本行弘氏がThe Award for the Advancement of Free Softwareを2011年に受賞
(5)コピーレフト(copyleft)
PDS(Public Domain software)を推進した人々は著作権(copyright)を放棄することで情報的公共財の増加が図れると考えていた。しかしPDSは「誰の所有物でもない」ために、それに一定の改変を加えることで「自分のもの」にすることができた。例えば1970年代中頃にマイクロソフトは、PDSであったミニコン用BASIC言語プログラミングソフトに改変を加えてPCに移植することで、PC用のBASIC言語プログラミングソフトをproprietary化した。
そうした経験を経たことや、コンピュータ・プログラムが文学作品や芸術作品と同じように著作権で法的に保護することが1980年代前半には明確になったことで、公益のために著作権を利用しようとする運動がストールマン(Rechard Stallman)によって1984年に開始された。
ストールマンはソフトウェアの自由を守ることを目的としてcopyleftという新しい造語をつくった。ストールマンは、「copyrightを残す(left)」というその造語のもとに、著作権を放棄せずにそのまま残しておくことで公益を守ろうとしたのである。著作権を残しておくのは、著作権を利用することでライセンス契約に法的「強制」力を持たせるためである。copyleft宣言されたプログラム・ソフトウェアを利用して新しいプログラム・ソフトウェアを開発しようとする人々に対して、そうした人々が開発した新規ソフトウェアをまたcopyleft宣言するようにライセンス契約によって法的に「強制」したのである。
マイクロソフトのような私企業は自社の利益という「私益」を守るために著作権を利用したライセンス契約などによりプログラム・ソフトウェアをproprietary化しているのに対して、ストールマンは「公益」を守るために著作権を利用してプログラム・ソフトウェアをFree Software化したのである。
[参考記事]
7.なぜLinuxなのか?
- オープンソースソフトウェアとしてのLinux
8.情報公共論のための経営学・経済学・法学的知識
9.情報公共論関連論文・図書などの資料
■フリーの経済学■
- 新宅純二郎;柳川範之編(2008)『フリーコピーの経済学―デジタル化とコンテンツビジネスの未来』日本経済新聞出版社,225pp
- Anderson, Chris(高橋則明訳, 2009)『フリー ---- 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』日本放送出版協会,352pp
■著作権■
- 福井健策(2010)『著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」 』集英社(集英社新書 527A),236pp
- 福井健策(2005)『著作権とは何か ―文化と創造のゆくえ 』集英社(集英社新書),224pp
- 野口祐子(2010)『デジタル時代の著作権』筑摩書房(ちくま新書),286pp
■OSS関連■
- DiBona, Chris and Mark Stone, Sam Ockman(倉骨彰訳, 1999)『オープンソースソフトウェア―彼らはいかにしてビジネススタンダードになったのか』オライリー・ジャパン,493pp
- 佐々木裕一;北山聡(2000)『Linuxはいかにしてビジネスになったか―コミュニティ・アライアンス戦略』』NTT出版,200pp
- Miller, Cliff (1999)『LINUX革命―オープンソース時代のビジネスモデル』ソフトバンククリエイティブ,213pp
- Tapscott,Don and A.D. Williams(井口耕二訳,2007)『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』日経BP社,504pp
- 井田昌之;進藤 美希(2006)『オープンソースがなぜビジネスになるのか』毎日コミュニケーションズ (MYCOM新書)
- Sandred, Jan(でびあんぐる訳, 2001)『オープンソースプロジェクトの管理と運営』オーム社,201pp
- 吉田 智子(2007)『オープンソースの逆襲』出版文化社,264pp
- Gancarz, Mike(芳尾桂訳, 2001)『UNIXという考え方―その設計思想と哲学』オーム社,148pp
- Fogel, Karl(高木正弘;高岡芳成訳, 2009)『オープンソースソフトウェアの育て方』オライリージャパン,320pp
- 川崎 和哉(1999)『オープンソースワールド』翔泳社,398pp
- 秋本芳伸;岡田泰子(2004)『オープンソースを理解する』ディーアート,247pp
■コモンズ関連■
- レッシグ, ローレンス(山形 浩生訳,2002)『コモンズ』翔泳社,500pp
- レッシグ, ローレンス;椙山 敬士ほか(2005)『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』NTT出版,166pp
■その他■
- Eジャパン協議会編(2003)『eコミュニティが変える日本の未来―地域活性化とNPO』NTT出版242pp
9.公共財の公共経済学的定義 --- 「消費における非-競合性(Non-rivalrous)」と「フリーライダーの非-排除性(Non-excludable)」という二つの特性を持つ財としての公共財
公共財(public goods)と情報財(information goods)の共通集合としての公共的情報財(public information goods)
公共財(public goods)の定義と情報財(information goods)の定義および特性の両方を理解することが必要
情報財(information goods)の定義および特性
情報財を構成する2種類の財・・・「コンテンツ」系情報財と「プログラム」系情報財
情報財の特有性としての、「限界費用の低さ」と「私的占有の困難性」
(1)公共財の公共経済学的定義
「情報公共論とは何か?」という問いに対しては、「公共的情報財とは何であるのか?」あるいは「公共的情報財とは何ではないのか?」ということを確認することが有用である。
そうした公共的情報財という概念の明確化のためにまず、「公共財(pulic goods)とは何か?」という問題を取り上げることにする。
三省堂『大辞林』では、「公共」という用語は「おおやけのものとして共有すること」として定義されている。また岩波書店『広辞苑』第4版では、「公共財」という用語は「その便益を多くの個人が同時に享受でき、しかも対価の支払者だけに限定できないような財貨・サービス」として定義されている。公共財に関する後者の『広辞苑』第4版の定義は、公共財に関する公共経済学的定義に基づくものである。
公共財(public goods)は、公共経済学においては、「消費における非競合性」と「フリーライダーの排除不能性」という二つの特性との関連で定義されている。
|
料金を支払わずに利用しようとする
フリーライダーを排除することが
簡単にできる
(excludable) |
料金を支払わずに利用しようとする
フリーライダーを排除することが
簡単にはできない
(Non-excludable) |
多数の利用者が
同時に利用することは
困難である
(rivalrous) |
私的財
(private goods) |
Common goods |
多数の利用者が
同時に利用することが
可能である
(Non-rivalrous) |
Club goods
|
公共財
(public goods) |
(2)公共財の具体的事例
public goodsの具体例として一般には「国防サービス、警察サービス、消防サービス,一般道路、公衆衛生サービス、地上波アナログテレビ放送サービス,知識」などが挙げられている。
Club Goodsの具体例として一般には「公園,図書館,高速道路,映画,CATV」などが挙げられている。
なお上記の表におけるexcludableおよびNon-excludableという規定におけるableに注意する必要がある。これらの単語は本来的には「実際にexcludeするかどうか?」ではなく、「excludeしようとした時に、exculeすることが可能かどうか?」という技術的可能性、経済的可能性、法的可能性に関わるものである。
例えば本の貸し出しサービスや閲覧サービスは技術的にはexculdabeであるから、大宅壮一文庫のように有料にすることができる。しかしながら公共図書館における本の貸し出しや閲覧などのサービスのように技術的にexcludabeであったとしても、財やサービスの利用にあたって料金を徴収せず無料で利用可能にしても良い。(地上波アナログ放送サービスとは異なり、地上波デジタル放送サービスは、放送データのデジタル化により、料金を支払わずに利用しようとするフリーライダーを排除することが簡単にできるが、実際にフリーライダーをexcludeするかどうかは放送サービス提供者の都合によるものである。)
高速道路がそうであるように、一般道路も通行料を支払わないと利用できないようにさせることも技術的には可能である。ただしそうすることは道路の機能を大きく損なうことになるし、道路維持に必要な費用に比べて通行料の徴収コストが課題になり、経済的には極めて不適切な措置である。フリーライダー排除に金をかけるよりも、税金によって道路維持に必要な費用をまかなう方が経済的には合理的である。
またNHKの地上波テレビ放送は、技術的には無料で視聴することが可能であるが、NHK>受信料の窓口>よくいただく質問などに記されているように、受信設備すなわちテレビのの設置者には受信料の支払い義務が法的に存在する。ただしNHKの受信料は、NHKの地上波テレビ放送番組やBS放送番組などの視聴サービスの対価としての視聴料ではないので、WOWOWなどの有料番組やNHKのオンデマンド番組とは異なり、論理的にはpublic goodsである。
この意味で「exculdabeである」ことと「料金を支払わずに利用しようとするフリーライダーを排除し、有料でのみ利用できるようにする」ことは、連関はしているが異なることである。
またNHKを除く地上波テレビ放送は、視聴者にとってはnon-excludableな財であるが、CM提供企業にとってはexcludableな財である。すなわち、視聴者は無料で番組を視聴することができるが、企業は無料でCMを流すことはできない。CM放送はexcludableな財であり、民間企業はnon-excludableな財とexcludableな財を一括のものとして提供することで、営利事業の継続を図っているのである。
(3)公共財に関する理論的規定の検討
a.消費における非競合性
Non-rivalness ---多数の利用者が同時に利用することが可能であること
「消費における非競合性」という特性を持つ財やサービス、すなわち、「消費における競合性がないような財やサービス」とは、航行中の船に対して進むべき航路を示す灯台の明かりのように、「(一定の限度はあるにしても)それらがもたらす便益をある特定の個人や集団が享受しても,他の人々や集団が同時にその便益を享受するのを妨げないような財やサービス」、「複数の人が同時に同量の消費が可能な財・サービス」、「ある人がその財・サービスを消費したとしても、他の人の消費量を減少させることがないような財・サービス」のことである。
「消費における非競合性」という特性を持つgoodsの典型例としてはNHK、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日などが提供しているテレビ放送がある。テレビ放送は、多数の人が同時に受信しテレビ放送を楽しむことができる。 特定のテレビ局の番組を同時に数多くの人が視聴したとしても、そのことによってテレビ視聴に困難が生じることはない。
同じようにネット、道路、携帯電話サービス、固定電話サービスなども、同時に複数の人が利用することが可能である。この意味ではネット、道路、携帯電話サービス、固定電話サービスも「消費における非競合性」を持つ財であることになる。
本Webページで紹介している非営利団体「ウィキメディア財団」 (Wikimedia Foundation Inc.) によるフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』は、「消費における非競合性」という特性を持っている。すなわち、『ウィキペディア(Wikipedia)』には同時に多数の人々がアクセスすることが可能である。
ただしネットの場合に典型的に見られるように、「消費における非競合性」という特性は一般には一定の限界内においてのみ成立するものである。たとえば情報公共論の授業内容の理解を助ける用語解説としてきわめて有用なネット百科事典である『ウィキペディア』が同時にアクセス可能な人数には一定の限界がある。すなわち、『ウィキペディア』が「消費における非競合性」を持つのはこのネット百科事典が置かれているサーバーの能力の限界内においてである。ネット上のWebサイトは、テレビ放送とは異なり、数千万人もの人々が同時に同じサイトにアクセスしたとすればサーバーの能力を超えることになり、利用が困難になる。
また道路を利用可能な自動車の数には一定の上限があり、あまりにも数多くの自動車が同時に特定の道路を利用すると混雑して大渋滞が発生し、道路としての機能を果たさなくなることになる。地震時など多くの人が一斉に電話しようとすると、携帯電話サービスや固定電話サービスは利用制限がされることになる。
このようにネット、道路、携帯電話サービス、固定電話サービスという財に関する「消費における非競合性」は一定の限界内においてのみ成立するものであるので、それらを「公共財」としてではなく、「私的財」として提供することに対する必要性が存在することになる。(実際、ネットには専用線サービスが、道路には私道などといった「私的財」という存在形態もある。)
また『ウィキペディア』の場合には、『ウィキペディア』を提供している「ウィキメディア財団」に寄付をした人だけでなく、そのサービスの利用に対する対価をまったく支払っていない人でも誰でも自由に無償で利用することが可能である。それゆえ『ウィキペディア』はnon-excludabeなgoodsである。
c.「消費における非競合性」と「フリーライダーの非-排除性」という二つの特性を持つ財としての公共財
『ウィキペディア』は、「消費における非競合性」と「フリーライダーの非-排除性」という二つの特性を持っている財として、情報公共論が対象とする公共的情報財の典型的事例の一つと言うことができる。
では、なぜこうした公共的情報財が必要なのであろうか?またどの程度まで役に立つものなのであろうか?有料の百科事典や用語事典と比較して本当に「製品競争力」があるものなのであろうか?
<関連参考WEB>
- 高嶋裕一「公共財・クラブ財としての道路」『総合政策のための公益事業論 - 規制制度と規制緩和政策の解剖学』第7章
http://p-www.iwate-pu.ac.jp/~takasima/utilities/textbook/c07.pdf
http://p-www.iwate-pu.ac.jp/~takasima/utilities/textbook/ap-d.pdf
(4) 公共的情報財の必要性 --- イノベーションや創造的活動の基礎としての公共的情報財、「反共有地の悲劇(アンチコモンズの悲劇)」問題の回避
まずは「なぜ公共的情報財が必要なのか?」という第一の問い(公共的情報財の必要性)に関する議論から始める。
公共的情報財が必要な理由の一つは、「より多くの人々に共有されることによってその意義がより高まる」という知識の存在性格によるものである。「知は力なり」ということは、ある特定の個人だけが有している知よりも、数多くの人々が共に有している知、すなわち、社会的に共有されている知に対しての方がより当てはまると考えられる。社会的な共有知識としての公共的情報財は、「人々の間のコミュニケーションの基盤」、「新しい知識形成やイノベーションのための基盤」、「社会的な労働生産力の水準を規定する要素の一つ」といった多面的性格を持っている。
これに対して、知識を自分だけのものとしてある特定の個人や企業が秘匿したり、著作権や特許権などといった知的所有権によってある特定個人や特定企業が自分のものとして囲い込んでしまって他者・他社にまったく使わせないようにすることは、「反共有地の悲劇(アンチコモンズの悲劇, The Tragedy of the Anticommons)」という問題を発生させる可能性がある。
もちろんその一方で、新しい知識を創造した特定個人や特定企業が何らの権利も主張できない場合にはその逆に「共有地の悲劇(コモンズの悲劇, The Tragedy of the Commons)」という問題を生み出す可能性もある。それゆえ、特許権や著作権といった排他性を持った知的財産権にも一定の社会的意味があることは言うまでもない。
11.情報公共論における諸論点
(1)私企業がOSを独占的に提供している現状をどう考えるのか?
パソコンの分野ではマイクロソフトの提供するウィンドウズOSが独占的なシェアを占め、圧倒的な市場支配力を持っている。
そのことは、OSという情報財の公共的性格から見た場合にどのように考えるべきなのか?
マイクロソフトは私企業であるためOSビジネスにおいても高い利益率を追求することになる。そのことは、Windows1>Windows2>Windows3.0>Windows3.1>Windows Workgroup>Windows95>Windows98>Windows98SE(Second Ediion)>WindowsME(Millenium Edition)>WindowsXP>WindowsXP+Service Pack1というような頻繁なバージョン・アップとして現象する。(このことはマイクロソフト社が絶えざる技術革新を追求することでパソコン市場を拡大しようとしているという側面からのみ捉えるべきではなく、マイクロソフト社が絶えざるヴァージョンアップによって先行製品の意図的な陳腐化をおこない高額なヴァージョンアップ収入を追求しようとしているという側面からも捉えるべきである。WindowsXPによるインターネット認証技術の採用も、不正コピーの追放という「社会的正義」の実現という側面とともに、正規製品をパソコンの台数だけきちんと買わせるという「自社の利益追求」という側面からも捉えるべきである。
またマイクロソフトによるOS市場の独占は、パソコンや周辺機器のハードウェア価格の劇的な低下にも関わらず、OSや基本的アプリケーションソフトなどのソフトウェア価格の「相対的高止まり」現象をもたらすことで、消費者にとって不利益をもたらしている。 (もちろん、最近ではソフトウェアの2極化現象--マイクロソフト社製品やAdobe製品などのように強い市場支配力をもつ会社の高価格ソフトと、ロータス社の1-2-3などのように市場支配力を失ったか、もともと市場支配力を持っていない会社の低価格ソフト ---が起きており、その結果として近い将来はこうしたことが市場によって調整される可能性もある。その意味で私的独占が市場メカニズムによって是正される可能性はある。また、スターオフィスなどのようにマイクソフト社のオフィスとほぼ同等の機能を持つ低価格ソフトや、LinuxやGNUプロジェクトによるオープンソースソフトなどによって私的独占が破られる可能性もある。)
(2)企業ビジネスを支える情報NPO --- ビジネス・インフラの構築主体としてのNPO
- 営利企業における競争と協調
レポート課題の例>営利企業とNPOの間でのイコールパートナーシップはありうるのか?
行政とNPOとの間でのイコールパートナーシップの意味(その実現の必要性)が論じられることが一般的には多い。しかしLinuxOSは、営利企業とNPOのイコールパートナーシップの可能性およびその必要性を示していると見ることもできる。
下記の点に注意しながら、このことを論じなさい。
1)営利企業は、ライバル企業としのぎを削った激しい競争をおこなう一方で、互いに協調することも必要である。 それはなぜか?コンピュータ業界を例に取りながら、どのような場合にそうした相互協調が必要となるのかを説明しなさい。
2)上記のようにライバル企業同士の間での互いの利害を調整し、協調を可能としているNPOにはどのようなものがあるか?特定企業の利害を直接的に反映させるのではなく、中立的立場=第三者的立場から活動を行うことで、さまざま企業活動のプラットフォームとなる。
- OSの公共財的性格
(3)情報処理システムをめぐる 「中央集権」主義的考え方(「大きなコンピュータ」論、メインフレームによる一元的統制) と 「自由分散」主義(「小さなコンピュータ」論、パソコンによる分散処理とインターネットなどの自由で柔軟なネットワークによる協調)との対立
12.情報公共論関連参考記事
■OSS関連■
■電子政府(electronic goverment) のためのOSとしてのリナックス(公共財としてのOSという情報材)■
■地方自治体におけるOSSを利用したIT産業の振興■