科学における理論的文脈 --- 構造体としての科学理論 |
1998.04.05 佐野正博
2003.10.07 一部Link付加
1.科学性の把握における<事実>的文脈と<理論>的文脈の二重性
(1)科学性の<事実>的文脈における把握
---- 帰納主義的科学観と反証主義的科学観に共通する前提 ----
帰納主義における科学把握の構図
- 多数の観察事実や実験事実からの帰納による理論の形成
反証主義における科学把握の構図
(2)<理論>的文脈の<事実>的文脈からの相対的自立性
上記のような科学把握の構図に基づき帰納主義的科学観においても反証主義的科学観においても、科学性は「事実」との関連においてのみ問題にされることが多い。
しかし科学論的観点から科学性を考察する場合には、そうした「事実」との関連における<事実>的文脈における科学性把握とともに、ある理論の内的構成の問題や諸理論の間の相互関係といった<理論>的文脈における科学性把握が必要不可欠である。
しかし帰納主義や反証主義においてはそうした問題が理論的仮説の問題として論じられるに留まっており、十全には取り扱われてはいない。しかし実際の科学活動においては、理論の歴史的展開過程は「事実」によって究極的に規定されてはいるものの、個々の展開過程においては「事実」から相対的に自律的に展開している。
(3)<理論>的文脈における科学性の問題
- point.1 理論の正当化の文脈における問題=検証(反証)問題
- 「理論とデータが一致しないからといって、理論が誤りだ」とは限らない。
- point.2 理論の発見(形成)の文脈の問題
- 「理論はデータから形成されるだけではなく、先行の理論からも形成される」
(4)<理論>の「有機的ネットワーク(有機的に組織された内的構造)」
それゆえ、「事実から理論へ」という過程のみを考察するのでは、現実の科学における理論の生成・発展の複雑な構造をつかみそこねることになる。しかも、科学活動においては、「単独の孤立した一つの理論」ではなく、「互いに連関を持つ一連の諸理論」が問題なのだ。そのことが、理論的文脈=理論の有機的ネットワークの相対的自立性の実際的内容を与えるものとなっている。
このことは、次のような様々な事柄に示されている。
理論と理論的予測のネットワーク
理論1−−−−理論2
↓ \
↓ 理論4 理論5
↓ / ↓
理論3____/ ↓
↓ ↓
↓ ↓
↓ ↓
理論的予測1→→→→→→→→→理論的予測2
↓ ↓
↓ ↓
-----------------------------------------------
↓ ↓
↓ ↓
経験的データ1 経験的データ2
2.構造体としての理論(1)
--- さまざまな理論(法則)の間に存在する重層的=階層的な理論連関(理論間の縦の関係) ---
(1)重層的構造
ex.1 質点(質点系)の力学と剛体の力学・・・・質点の力学からの派生物としての、剛体の力学
F=mα
N=F・r=mα・r
α=dv/dt=d(rω)/dt=rdω/dt=rβ
(角加速度βは角速度ωの時間t微分である。すなわち、β=dω/dt である。また、剛体なので各点で dr/dt=0 と考えられる。)
∴ N=m・rβ・r=mr2・β
ところでI=mr2 なので N=Iβ となる。
ex.2 ニュートン力学(=基本理論)を背景的前提理論としての、光に関して互いに対立する二つの派生的理論としての「光の波動説」と「光の粒子説」
(2)諸理論間における派生的構造(1)
ex.1 ニュートン力学第二法則F=maとニュートン力学第三法則ΣFi=0からの、運動量保存則とエネルギー保存則の理論的導出
運動量保存則の理論的導出
ΣFi=0ならば、それを時間dtで積分してもゼロであることに変わりはない。
0=∫ΣFi dt=∫(Σmiai)dt [Fi=miai]
=Σ(∫miaidt) [Σ と ∫ を入れ換える]
=Σ(mi ∫aidt) [質量mi は時間的に変化しないので、時間による積分の外に出すことができる]
=Σmi Δv=ΣΔpi [加速度の時間積分∫aidtは、速度変化Δpiを意味する]
エネルギー保存則の理論的導出
ΣFi=0ならば、それを距離dxで積分してもゼロであることに変わりはない。
0=∫(ΣFi)dx
=∫(Σmiai)dx [Fi=miai]
=∫Σ(miaidx)
=∫Σ(mi dvi/dt dx) [ai=dvi/dt]
=∫Σ(mi dvi dx/dt)
=∫Σ(mi dvi vi) [vi=dxi/dt]
=Σ(∫mividvi)
d/dv(1/2 mivi2)=miviなので
Σ1/2 mivi2=const
0=ΣN=ΣIβ=d/dt(ΣIω)
したがって ΣIω=const
ex.2 弾性波の速度に関する一般的方程式からの音速の理論的導出
v2=γP/ρ=γP/nM/V=γPV/nM=γnRT/nM
=γRT0/M(1+t/T0)
絶対零度T0=−273.15℃
酸素O2の分子量=32.0[g]、窒素N2の分子量=28.0[g]
空気中の酸素と窒素の重量比 ≒ 23.01%:75.51%
←他にアルゴンAr=1.286%,CO2=0.04%,Ne,He,Kr(クリプトン),Xe(キセノン)などがあるが無視する
平均分子量M=(32.00×23.01+28.01×75.51)/(23.01+75.51)≒28.94[g]
酸素O2、窒素N2とも2原子分子なので比熱比γ=Cp/Cv=7/2/5/2=1.4
←実際の値は、1気圧、15℃でN2がCv=20.6 Cp=29.0 γ=1.408、O2がCv=21.2 Cp=30.0 γ=1.415である
v0=√γRT0/M=√1.4×8.314×273.2/28.94×10-3≒331.5[m/s]
v≒v0(1+t/2T0)=331.5+0.6t
ex.3 光子のエネルギーE=hν+E=mc2 →→ 光子の運動量p=h/λ
p=mc=mc2/c=E/c=hν/νλ=h/λ
(3)諸理論間における派生的構造(2)・・・・新理論の近似による旧理論の理論的導出
- アインシュタインの固体の比熱の量子論からの、デュロン=プティの法則の理論的導出
- 量子論の近似としてのF=ma(エーレンフェストの定理)
3.構造体としての理論(2)
--- さまざまな理論や理論的伝統の相互的連関(横の関係) ---
(1)二つの異なる理論の結合=融合
- 量子力学と特殊相対性理論(量子力学の相対論的定式化)---->場の量子論
- 量子力学(場の量子論)と重力理論(一般相対性理論)---->重力場の量子論(重力場の量子化としての重力子)
(2)アナロジー(類比的関係)の成立(1)
--- 理論的派生関係の結果としてのアナロジー ---
ex.1 質点の力学と剛体の力学
「力」=「質量」×「加速度」
F=mα=mdv/dt [α=dv/dt]
↑ ↑↑ ↑
↓ ↓↓ ↓
N=Iβ=Idω/dt [β=dω/dt]
「力のモーメント」=「慣性モーメント」×「角加速度」
運動量
p=mv
↑ ↑↑
↓ ↓↓
P=Iω
角運動量
運動量保存則 m1v1+m2v2=m1v1'+m2v2'
↑
↓
角運動量保存則 I1ω1+I2ω2=I1ω1'+I2ω2'
並進運動の運動エネルギー E=1/2mv2
↑
↓
回転運動の運動エネルギー E=1/2Iω2
加速度 α=dv/dt=d2x/dt2
↑ ↑ ↑
↓ ↓ ↓
角加速度 β=dω/dt=d2θ/dt2
(3)アナロジー(類比的関係)の成立(2)
---- 存在的アナロジー(本来的アナロジー) ----
ex.1 ニュートン力学とクーロン力の間のアナロジー
F=ma F=GmM/r2 U=−GmM/r
↑↑ ↑↑↑
↓↓ ↓↓↓
F=qE F=kqQ/r2 U=−kqQ/r
ex.2 場の量子化の方法の適用----電磁場の量子化と物質場の量子化
ex.3 波動光学と幾何光学
ex.4 水圧と電圧
ex.5 単振動関係の物理的諸量と電気関連の物理的諸量
- 単振動と電気的共振回路
- 速度(粒子の速さ)と電流(電荷の速さ)
- 力と電気量
v=dx/dt
↑ ↑
↓ ↓
i=dQ/dt
P=Fv
↑ ↑↑
↓ ↓↓
P=Vi
F=mdv/dt
↑ ↑ ↑
↓ ↓ ↓
V=Ldi/dt
E=1/2mv2
↑ ↑↑
↓ ↓↓
E=1/2Li2
F=kx
↑ ↑↑
↓ ↓↓
Q=CV
W=Fx
↑ ↑↑
↓ ↓↓
W=QV
E=∫Wdx=1/2kx2
E=∫WdV=1/2CV2
(4)諸理論的伝統の間の相互作用
19世紀における「力学的観点」、「現象論的熱理論」、「電気力学」とう三つのパラダイムの相互作用(ファイヤアーベント「専門バカへの慰め」『批判と知識の成長』訳p.293)----(5)で述べる理論的問題の発生の根源
4.先行理論を素材としての新しい科学理論の形成
新しい科学理論は、数多くの事実の積み重ねからだけではなく、先行の科学理論を基礎として形成されることもある(理論的活動としての科学という一面)
[歴史的事実]
ex.1 シュレディンガーの波動方程式は古典的波動方程式から歴史的に形成されたものである
∇2ψ=-8π2m(E-V)/h2・ψ
したがって
-h2/8π2m・∇2ψ=(E−V)・ψ=Eψ−Vψ
(-h2/8π2m・∇2+V)・ψ=Eψ
ex.2 特殊相対性理論の光速度一定の原理はマックスウェル電磁気学からの帰結である←c=1/√εμ
ε=8.85418782×10-12
μ=1.256637×10-6
∴εμ=1.112650×10-17
c=2.997925×108[m/s]←1983年の国際度量衡総会で2.99792458×108[m/s]を真空中の光の速さと定義している(森村正直『超を測る』産業図書,p.26およびp.196)
ex.3 ケプラーの第三法則からニュートン力学へ
5. 理論的概念の意味の文脈依存性→理論的概念の非「経験」的性格
理論的概念の意味は、「直示」や「定義」によっては与えられない。
(1) 理論的概念が観察不可能なものである限り、それを直示することはできない。
ex.1 ニュートンはそれ以前の概念を使って質量や力を定義できなかった。
ex.2 衝突するビリヤードの玉や、ばねのおもりや、太陽のまわりを楕円運動する惑星をどんなに調べても、観察するだけでは質量概念に到達できない。
ex.3 光を見ることはできるが、電磁場の振動そのものを見ることはできない
光の明るさ、色、彩度を見ることはできるが、電磁場の振動を見ることはできない・・・・それとも、光の明るさとして電磁場の振動の大きさを、光の色として電磁場の振動数を見ているということができるのか?・・・・しかしそのように表現するのはやはり不適当であろう。それは、基本的に理論的解釈なのであり(すなわち経験的対象がどのような理論的概念と対応しているかについての理論的解釈なのであり)、直接的に電磁場の振動が見えるというのは不適当であろう。「直接」的に見えているのは光の明るさと色なのであり、理論を通して「間接」的に電磁場の振動の大きさや振動数が見えているのである。!!!
(2) 定義の無限後退を避けるには、無定義用語の存在を認めるしかない。
無定義用語の意味は、「定義」によってではなく、科学理論の中におけるそれらの相互連関や使われ方によって与えられる。(理論の内的構造が、理論的概念の意味を与える。
ex.1 「質量」概念と「力」概念(F=Mg、F=GmM/r2、F=Ma)
慣性質量と重力質量
6.理論的概念や理論的構造の発展としての科学の進歩
ex.1 波動関数から状態ベクトルへ----量子力学から場の量子論へ(波動関数から状態ベクトルの内積への発展)
波動関数それ自体をq数と見なしたDirac
ex.2 ローレンツ力とクーロン力
ex.3 ニュートン力学における質量概念から一般相対論的質量概念へ
慣性質量と重力質量の同一性の証明
ニュートン力学では重力質量が慣性質量の何倍であるとしても、理論的には矛盾が生じない(万有引力定数の値を変えればそれで構わない)
ex.4 電磁気学における電場Eと磁場Hの体系から、ベクトル・ポテンシャルAとスカラー・ポテンシャルφの体系への理論的発展
H=rotA、E=−gradφ−1/c・dA/dt
7.理論的問題の存在とその解決としての科学の進歩
(1) 一つの理論の内部の論理的整合性
ex.1 量子力学における発散の困難→くりこみ理論へ
(2) 複数の理論間の相互矛盾
ex.1 運動法則の基準となる等速度運動に関して、ニュートン力学的相対性(運動相互間のガリレイ変換)と、「電磁気学的相対性」(運動相互間のローレンツ変換)との矛盾
荷電粒子の運動を取り扱う際には、力学と電磁気学を同時に用いる必要がある。したがって、アインシュタインの時代においては、ニュートン力学と電磁気学における相対性の矛盾を解決することが要請されていた。
このことに関しては、アインシュタインの自伝、ワイル『空間、時間、物質』p.293、ポアンカレの1899-1904のサン−ルイ講義(ref.ファイヤアーベント「専門バカへの慰め」『批判と知識の成長』訳p.293)などを参照のこと