-
「石炭こそ近代経済発展を誘発した基本的エネルギーであり、とくにイギリス石炭業の発展から世界で最初の産業革命が起こってくることは周知のことであろう。」角山栄「エネルギー革命と経済発展」『現代経済』20、1975年12月,p.79
「石炭燃料への切換えが、直ちに「産業社会」の実現を意味するものではない。事実イギリスとほぼ時を同じうして、フィンランド、スウェーデン、オランダでも樹木＝薪炭資源の枯渇が見られ、部分的に薪炭から石炭への燃料転換が行われた。また、中国では唐末から宋代にかけ、鉄の精錬に石炭が使用され、未曾有の鉄生産時代を現出した。しかしこれらの国から産業革命が起こったわけではない。石炭エネルギーが工業化への有力な引金であるにしても、それだけでは不十分で、熱エネルギー革命と同時に動力エネルギー革命が伴わなければならなかった。動力エネルギー革命こそが産業革命をして真に「革命」の名に値する変革をつくり出したのである。しかもここで注目したいことは、イギリスにおいてのみ、熱エネルギー革命の経済構造が必然的に動力革命を導くことになるという点である。ちなみに前近代社会では、熱エネルギーと動力エネルギーとが別々のエネルギー体系として互いに無関係のまま存在していたのである。」角山栄「エネルギー革命と経済発展」『現代経済』20、1975年12月,pp.80-81
２．近代イギリスにおける石炭利用の普及を促したneeds的要因としての木炭価格の上昇
-
石炭は、古代から「燃える石」として知られていたと言われているが、近代まで燃料源として一般的であったのは木炭である。中世後半期から近代にかけての産業の活発化による木炭需要の増大、大規模開墾にともなう森林面積の減少などにより、木材価格・木炭価格の上昇が生じた。その結果として、代替燃料としてしだいに石炭の利用が進んでいったものと考えられる。
資料１＞木材価格の高騰に関わる参考資料＞ロンドンにおける一般物価、薪および石炭価格の指数の歴史的変化
| 1451- 1500 |
1531- 1540 |
1551- 1560 |
1583- 1592 |
1603- 1612 |
1613- 1622 |
1623- 1632 |
1633- 1642 |
|
| 一般物価 | 100 | 105 | 132 | 198 | 251 | 257 | 282 | 291 |
| 薪価格 | 100 | 94 | 163 | 277 | 366 | 457 | 677 | 780 |
| 石炭価格 | 100 |
89 |
147 |
186 |
295 |
371 |
442 |
321 |
[引用元] 中村進『工業社会の史的展開』晃洋書房,1987,
[原出典］一般物価指数、薪価格指数の歴史的変化はNef,The Rise of the British Coal Industry,Vol.Ⅰ,1932,p.158。石炭価格指数は、W.S.Humphrey and U.Stanislaw,"Economic growth and energy consumption in the UK,1700-1975",p.33。
[原出典］一般物価指数、薪価格指数の歴史的変化はNef,The Rise of the British Coal Industry,Vol.Ⅰ,1932,p.158。石炭価格指数は、W.S.Humphrey and U.Stanislaw,"Economic growth and energy consumption in the UK,1700-1975",p.33。
グラフ１＞ロンドンにおける一般物価、薪および石炭価格の指数の歴史的変化のグラフ
３．近代イギリスにおける石炭利用の普及による石炭産出量の増大
-
アメリカの経済史家J．U．ネフはその「初期産業革命論」において1540－1640年間のイギリス経済の急速な発展を論じているが、イギリスで石炭が家庭用、工業用の燃料として広く一般的に使用されるようになったのは16世紀中頃以降であると言われている。具体的には、アルコール醸造や蒸留、塩・砂糖・煉瓦・ガラス・石鹸・硝石・火薬・明礬・釘・針金・刃物など様々な製品の製造プロセスにおける熱源として石炭が利用されるようになっていた。そのことは、「シェークスピアが首都に定住した年といわれる1580年から、王政復古の1660年までのあいだに、ロンドンの石炭輸入量はほぼ２０ー２５倍に増した。」（シンガー編『技術の歴史』第５巻、筑摩書房、p.62）にも示されている。
ただし高炉法の熱源としては、18世紀後半になるまで石炭の利用は社会的には進まず、依然として木炭が利用された。というのも製鉄業者は木炭価格の高騰に対して森林の近くに製鉄炉を築くことで最初は対応したからである。また石炭という形態のままでは、イオウなどの不純物の存在によりもろい鉄しか生産できなかったからである。（シンガー編『技術の歴史』第５巻、筑摩書房、pp.64-65）
-
関連参考文献＞中村進(2009)「16・17世紀のイギリスにおける工業文明の誕生と美術 - J．U．ネフの工業文明論の一側面 - 」『生駒経済論叢』（近畿大学経済学会）Vol.7, No.1 ,pp.403- 431
なお17世紀後半におけるイギリスの石炭生産量は、全世界の約８５％を占めるとされている。またイギリスの1700年頃の年平均生産量は明治20年代はじめ(1880年代末）の日本の生産量にほぼ匹敵するものである。
なお、イギリスの石炭の生産量の歴史的変化の推計値は下記の通りである。
資料２＞イギリスの石炭の生産量の歴史的変化
| 1540年頃 | 約 20万トン／年 |
| 1650年頃 | 約 150万トン／年 |
| 1700年頃 | 約 300万トン／年 |
| 1750年頃 | 約 450万トン／年 |
| 1800年頃 | 約1000万トン／年 |
[出典］角山栄「技術革命」『講座 西洋経済史 第１巻 工業化の始動』同文館、p.39
資料３＞英国における石炭の年平均採掘量
| 1551-60 | 210,000トン／年 |
| 1681-90 | 2,982,000トン／年 |
| 1781-90 | 10,295,000トン／年 |
| 1901-10 | 241,910,000トン／年 |
[出典］中村進『工業社会の史的展開』晃洋書房,1987,p.80
グラフ２＞イギリスの年平均出炭量の歴史的変化1750-1850
